書評その26 ボクはやっと認知症のことがわかった 長谷川和夫著

日本の認知症診療に大きな改革をもたらし、長谷川式簡易知能スケールの開発者でもある長谷川和夫先生が晩年に上梓された本です。

長谷川先生の開発された長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)が、どれくらいすごいかと言いますと、大谷翔平を知らない人がいないように、長谷川式簡易知能評価スケールを知らない医療介護従事者は日本には存在しないくらい有名な業績です。

また、日本においては認知症はほんの20年前まで『痴呆』と呼ばれており、『痴呆』と診断された患者さんたちは、その呼称のとおり差別的な扱いをされていたそうです。アメリカなどでは認知症の患者さんをまるで家畜のように扱っていた時代もあるそうですが、差別的な呼称であった『痴呆』を『認知症』と呼称変更した際にご活躍なさったのも長谷川先生です。長谷川先生の認知症診療にかける情熱や思いやりが伝わってきます。

しかし、長谷川和夫先生については、恥ずかしながら私もつい先日まで存じませんでした。

長谷川先生は1929年にお生まれ、残念ながら2021年にお亡くなりになりました。
認知症の権威で数々の業績をお持ちでありながら、神様のいたずらでしょうか2019年には自らが認知症を発症されました。常識的に考えますと認知症の権威が認知症になったとなれば、普通は公表せず世間には姿を現したくないとお考えになると思いますが、長谷川先生はまったく逆でした。
メディアを通じて、自らの病名を告白し、ご本人の苦悩を専門医の視点から詳細に分析され、講演会に出席して自身の言葉で報告したり、本を執筆されました。

長谷川先生のお言葉をお借りしますと『認知症は暮らしの障害』なのだそうです。いままでできていたことができなくなる、今後どんどん悪化していく、専門家であるが故に自分自身で詳細にわかってしまうということは、さぞつらいご経験だったことだろうと思います。

それを突き動かしたのは、やはり長谷川先生のお人柄だったのでしょう。認知症の方が少しでも暮らしやすくなるように、周囲の人の理解と協力が重要と自らの体験をもって強く訴えたったのだと思います。

認知症の人が住みよい街づくりを目指すには、周囲の人が認知症の特徴を知り、思いやりを持って接することが必要です。

この本からは長谷川先生の実体験の記録を通じて、認知症の方の苦悩や感情の一部を私たちも感じ取ることができます。認知症への理解を少しでも深めてほしかったという長谷川先生の晩年になっても色あせえない情熱が伝わってきました。

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この記事を書いた人

たけしのアバター たけし アラフォー外科医

40歳を過ぎ、人生に焦りを感じ始める
自分がすべきことを探求した結果、健康に関する情報発信を始める
妻の経営する弁当屋のホームページも担当

将来の夢は自分のクリニックをひらき元気な高齢者を増やすこと

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